秋田地方裁判所 昭和46年(行ウ)5号 判決 1975年12月08日
男鹿市船川港新浜町九番地
原告
諸井喜代治
右訴訟代理人弁護士
金野繁
秋田市土崎港中央六丁目九番三号
被告
秋田北税務署長
佐藤周平
右指定代理人
相川俊明
右同
山田昇
右同
大宮由雄
右同
紅林実
右同
橋元富士夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(請求の趣旨)
被告が原告に対し、昭和四五年五月九日付でした原告の昭和四三年分の所得税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定は総所得金額一九二万五、四六八円を超える限度において取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
(請求の趣旨に対する答弁)
主文同旨
(請求の原因)
一、原告は、昭和四三年分の所得税につき、総所得金額一九二万五、四六八円、山林所得金額三九万四、八五〇円、税額三〇万一、六五〇円と確定申告をしたところ、被告は、原告の、昭和四三年一月二〇日男鹿市船川港金川字姫ケ沢一七七番外三号の山林三万三、四一一平方メートルを秋田県に売り渡した代金一、六六七万七、七九一円全額が譲渡収入であると認定し、昭和四五年五月九日付で、総所得金額を八七五万四、〇〇〇円、山林所得金額を一四〇万九、〇〇〇円、税額を三五八万三、七〇〇円と更正し、過少申告加算税一六万四、一〇〇円の賦課決定をした。
二、しかし、右山林の譲渡については、昭和四三年法律第二三号による改正後の租税特別措置法三八条の六の定める事業用資産の買換えの場合の特例の規定又は同法三五条の定める居住用財産の買換えの場合の特例の規定の適用があるから、原告は、譲渡所得を八四万四、一九七円と申告をしたが、被告は、これらの規定の適用を否認し、八一五万五、一四〇円の譲渡所得があるとした。
三、すなわち、原告は、昭和四三年一月二〇日右山林を秋田県に金一、六六七万七、七九一円で譲渡し、このうち、金九〇〇万円円で原告が営んでいる旅館業用の浴室等延床面積一〇二・二平方メートルの建物を新築した。
原告の山林は、その所有面積一〇ヘクタールにおよび先代から意欲的に山林に投資し、植林を営んでおり、昭和四〇年までの四年間で、四・五五ヘクタールに一万五、三五〇本の植林を行ない、育成撫育を経常的に行ない、山林経営の実を挙げて山林業を営んでいたものである。
原告は次のとおり杉松類を売却し、税務署にその旨申告している。
<省略>
尚昭和二四年水産高校寮の建築の材料として、杉松類を約三〇〇石、二九年には旅館の増築用として約一〇〇石位、三六年には旅館の増築用として約一〇〇石位を伐採し、それぞれ使用した。
したがって山林等の素地を譲渡し、その代金で旅館業の事業用資産を取得したものであるから、事業用資産の買換えの適用を認めるべきである。
四、又、仮にこの主張が理由がないとしても、右浴室は居住用をも兼ねているので、居住用資産の買換えの適用を認めるべきである。
五、尚、事業用資産又は居住用資産の買換えの適用方を確定申告書に記載しなかったのは、右租税特別措置法三三条の二により収用換地等の場合の譲渡所得の特別控除の適用方を申告したからである。これは、秋田県が本件土地を含む広汎な土地を買収する際、県の係員が船川港の港湾埋立工事のためであり、その買収を拒むときは、土地収用法の対象となるから、右法条に該当することになり、税金がかからない旨の説明があったので、これをなしたものである。
しかし、これが誤りであることが判明したので、昭和四五年五月一一日の異議申立書に誤った前記のとおりの理由と租税特別措置法三八条の六の適用方を記載して提出した。
これに対して被告においても適用条項を誤ったことについて止むを得ないと認めて右異議の申立手続において三八条の六に該当しないとして棄却したものである。
六、原告は、昭和四三年分の所得税の確定申告書の譲渡の際に特別控除額として、二〇〇万円と記載している。
仮に右記載が不完全であったとしても、被告は原告の異議申立においてこの点を不問に付して決定しているので、同法三八条の六の四項により同法三八条の三の三項ただし書の、「税務署長において止むを得ない事情があると認める場合で政令で定める場合」に該当する。
同法三五条及び三六条の六のただし書に、「税務署長において止むを得ない事情があると認める場合において、当該記載をした書類の提出があったときはこの限りでない」とあるが、その書類の提出時期、及び形式に何んらの規定もないので、原告は異議申出書及びその添付書面(甲第八号証の一、二)ならびに男鹿市森林組合の証明書(甲第一号証)が右書面に該当すると主張する。
七、被告は異議申出について実質的な審査をなした以上、禁反言の法理からしても本訴で右ただし書の要件の欠を主張できない。同法三五条、三八条の六は大量の納税事務を迅速、正確に処理するために先ず右条項の適用を受けようとするものの申告に期待したものであり、それは被告にその適用を確知させる目的から出たものである。
従って、被告においてその適用の有無について実質的判断をしたからには右法の目的を達成したのであって、法の要件が充足した以上その撤回ということは法理論的にも矛盾する。
八、本件課税処分がなされた経緯は被告主張のとおりであるが、右更正処分には、右の限度でかしがあり、右加算税賦課処分とともに違法である。
(被告の答弁および主張)
第一、課税処分の経過
本件課税処分の経過は次の表のとおりである。。
<省略>
1. 原告は、昭和四三年分の所得税の確定申告において、総所得金額を一九二万五、四六八円、山林所得金額を三九万四、八五〇円と申告したが、被告が調査した結果、譲渡所得および山林所得について申告誤りが認められたので、昭和四五年五月九日更正処分をなし、同日付をもって原告に通知した。
2. 原告は、被告がなした右更正処分に対し、取消しを求める異議申立書を昭和四五年六月二四日付をもって被告に提出した。
被告は、原告の右異議申立に対し、調査した結果、異議申立てに理由がないとして昭和四五年九月一四日棄却の決定をなし、同日付をもって原告に対し、異議申立て決定書謄本を原告に送付した。
3. 原告は、右被告のなした異議申立てに対する棄却の決定に対し昭和四五年一〇月一四日訴外国税不服審判所長に対し審査請求書を提出した。
右審査請求について訴外国税不服審判所長は、審査請求に理由がないとして棄却の裁決をなし、昭和四六年六月八日付をもって裁決書謄本を原告に送付した。
第二、課税処分の理由
(一) 譲渡所得八一五万五、一四〇円について
1. 原告は譲渡所得を八四万四、一九七円と申告したが、被告が調査した結果によると、譲渡所得の金額は、八一五万五、一四〇円であり、その計算内容は次のとおりである。
<省略>
2. 取得費六六、五一〇円について
所得税法六一条、同法施行令一七二条の規定により昭和二八年一月一日現在の相続税及び、贈与税の課税標準額六万六、五一〇円を取得費としたものである。
(二) 原告は昭和四四年三月一五日提出にかかる昭和四三年分の所得税の確定申告書において、譲渡所得金額の計算について、租税特別措置法三三条の二の規定を適用しているが、当該譲渡は、昭和四三年一月二〇日原告所有にかかる男鹿市姫ケ沢一七七外三番の山林三万三、四一一平方メートルを土砂採取用地として秋田県に譲渡したものであるから、被告は租税特別措置法三三条の二の規定には該当しないものとして否認した。
原告は、昭和四三年中に旅館業用建物を増改築により取得しているから、本件譲渡土地を租税特別措置法三八条の六の事業用資産として認め、同条を適用すべきであると主張している。
一、事業用資産の買換えの場合の課税の特例について
事業用資産の買換えの特例(旧租税特別措置法(昭和四三年法律第二三号改正によるものをいう。以下「措置法」と云う。)三八条の六(以下「特例」という。))は、設備の更新による企業の合理化、工場移転による産業立地条件の改善等に資するために設けられたものであり、昭和三八年一月一日から昭和四三年一二月三一日までの間に、個人が所有する事業用資産で企業の基盤となるような特定資産を譲渡し、原則的にはその譲渡をした年の翌年中に特定の資産を買換えて事業の用に供した場合に適用されるものである。
この特例を適用し、譲渡代金の全部で資産を買換した場合は、譲渡所得には課税されず、また譲渡代金の一部で資産を買換えした場合は、その差額についてだけ譲渡所得が課税されることとなる。
1. 山林所得者についての特例の適用
この特例の適用の対象となる資産は、譲渡資産および買換資産の双方について事業の用に供していたこと、または、供するものであることが条件となるか、山林所得者がこの特例の適用を受けるためには、その者が山林業と称するに足りるものの用に供している山林素地、およびその山林業の用に供するその他の固定資産で特例第一項各号に掲げる資産を譲渡し、または、取得した場合に限られる。
2. 事業の用に供しているかどうかの判定
山林業と称するに足るものを営なんでいると認められるためには、その所有する立木の面積が相当の規模であって、苗の植裁から伐採に至るまでの間肥培管理や除伐間伐等の山林の育成撫育が経常的に行なわれるなど、山林経営の実を挙げていると認められることを要すると解すべきである。
二、原告の山林経営の実態について
1. 山林素地の所有状況
(1) 原告の所有山林面積は次表のとおりである。
<省略>
(2) 通常山林業の特性として、合理的な山林業経営の対象となる山林素地は、森林生産の基礎として相当広範な面積を必要とするところであるが、原告の山林素地の所有面積は、農業経営者が通常所有する程度の小規模のものであり、山林業の経営面積としては充分と認められない。
2. 山林業施業関係の施設、機械等の所有状況
従来の山林業関係の作業は、主として人力に依存していたところであるが、近年急速に増大した労働力不足のために、機械力を利用して局面の打開を図っているのが最近の現状であるにもかかわらず、山林経営上必要とする施業関係の各諸施設・機械・器具等の原告の所有していたことは全く認められない。
3. 山林経営にあたっての原告および家族の労働力の状況
(1) 原告が被告に対して提出した「昭和四三年分所得税青色申告決算書(一般用)」、によれば、原告の経営にかかる旅館業に専従する家族は次表のとおりである。
<省略>
(2) 原告およびその家族すべての者は、原告経営にかかる旅館業に専従しており、山林経営にあたって必要とする労務技術機械行程等の運営管理について充分な知識・経験等の能力を有すると認められる者は見受けられない。
4. 伐木・植樹の状況
(1) 原告の伐木・植樹の状況は次表のとおりである。
<省略>
右の以前の伐採および使用の点については知らない。
(2) 山林業の経営目的のうちには、山林からの収穫を毎年ほぼ同じ位の額にしかも永続的に得ようとする、いわゆる「収穫の保続」があるが、原告の植樹作業の年分は、昭和三三年より昭和四五年に至る一三か年間の間、わずか五か年に過ぎず、その植樹作業年も不等間隔であり、かつ、伐木跡地についての植樹作業も完全に実施されていたとは認められないところであり、その植樹の状況は、伐木跡地の再造林の施業によって、森林の保続生産を可能にしようとする山林業であったとは認め難い。
(3) 山林業の経営については収穫を連年ほぼ均等に、しかも永久に維持することが要求される。原告の伐木の状況は、昭和三三年から昭和四四年までの一二か年間、わずか五か年に過ぎず、三六、三八、四三の各年の伐木は、旅館業の目的のため、また、秋田県の要請により伐木されており、山林経営面から伐木を実施していたとは認められない。
5. 所得の状況等
(1) 原告の所得の状況等は次のとおりである。
<省略>
(2) 山林業は、木材その他の林産物の生産が経済生活と結びついているものであるが、原告の所得の状況をみるに
イ 昭和三三年から昭和四四年までの一二年間、山林所得のあった年分はわずか五か年にすぎず、各年分の所得の種類ごとの構成比をみても昭和三四年を除きその山林所得の金額は、山林所得以外の所得の金額に比較して僅少であり、山林所得をもって原告の各年分の生計を維持しているものとは認められない。
ロ 昭和三三年から昭和四四年までの山林所得のうち、立木の売却によるものは、わずか昭和三三、三四年の二か年だけであり、昭和三六、三八年の二か年分は、旅館の増築用材、調理場の修理用材として自家消費されたものであり、また昭和四三年分については、山林素地を秋田県に譲渡したことに伴ない同県から受けた立木補償金であって、昭和三五年から昭和四五年までの一一か年間の材木の売却収入は、皆無に等しかったことが認められる。
6. 原告の山林業の実態については右のとおりであるが、要約すると、原告の山林業の経営は林産物の生産販売を主目的としたものではなく、自家用材の需要を満たすためなどの副業的なものに過ぎず、また、山林農地の所有目的は、山林業経営のためでなく、むしろ、財産の備蓄的意味で所有していたものと判断される。
以上のように、原告は、山林業と称するに足る事業を営んでいたとは認められず、したがって、秋田県に譲渡した本件山林素地は措置法三八条の六に規定する事業用資産に該当するものとは認められない。
したがって、本件課税処分には何ら違法の点はない。
(三) 居住用財産の買換えの場合の課税の特例について
原告は、事業用資産の買換えの適用の主張に理由がないとしても居住用財産の買換えの適用を認めるべきであると主張しているが、被告は、右居住用財産の買換えの課税の特例および適用に関し、次のとおり主張する。
措置法三五条の規定(以下単に「居住用財産の買換えの特例」という。)は、個人が土地若しくは土地の上に存する権利又は家屋の譲渡をし、一定の期間内に当該個人の居住の用に供する土地等又は家屋を取得し、当該取得の日から一年以内に居住の用に供した場合又は供する見込である場合には、政令で定めるところにより、その譲渡をした土地等又は家屋の譲渡による譲渡所得の金額の計算について課税上の優遇措置を講じようとするものである。
すなわち、この居住用財産の買換えの特例を適用すると、譲渡代金の全部で居住用財産を買換えした場合は、譲渡がなかったものとして課税されず、また、譲渡代金の一部で居住用財産を買換えした場合には、その差額についてだけ譲渡があったものとして譲渡所得を計算し、所得税が課税されることになるのである。
このような居住用財産の買換えの場合における課税上の優遇措置は、終戦後の住宅事情にかんがみ、住宅建設を促進して国民生活を安定させることを目的として設けられたものである。この立法趣旨から考えると、措置法三五条の「当該個人の居住の用に供する土地等又は家屋」であるためには、まずその取得した財産の主要部分が居住用であることを要し、その主要部分が居住用以外の目的に供せられる場合には、これにあたらないと解すべきである。
本件においては、その取得した財産である浴場は、その規模からみて原告の経営する旅館業用の財産、すなわち、事業用の財産とみるべきであって、原告の家族が浴室を利用することがあっても、その比率は旅館業用にくらべて極めて微々たるものであるからこれをもって居住用財産ということはできないのである。すなわち、このことは、
1. 原告は、<1>昭和四五年六月二三日付秋田北税務署長あての所得税異議申立書の理由書について「---旅館業の建物の増改築に充てた---」<2>昭和四五年一〇月一二日付国税不服審判所長あての所得税の審査請求書において「---旅館業の建物の改増---」<3>昭和四六年三月二九日付仙台国税不服審判所首席審判官星川辰治あての審査請求の趣旨および理由の補正(変更)についてと題する書面において「---その資金をもって、旅館業用の建物の改増築に投資した--」<4>昭和四六年九月二一日付訴状の請求の原因の一において「金九〇〇万円で原告が営んでいる旅館業用の浴室等床面積一〇二・二平方メートルの建物を新築した」と、異議申立の段階から一貫して原告自ら旅館業用すなわち事業用の財産を取得したことを主張していること。
2. 原告が営む旅館業の収入は、昭和四三年分(四三年一月一日から同年一二月三一日まで)九九二万円、昭和四四年分(昭和四四年一月一日から同年一二月三一日まで)一、三七〇万円であり、かなり多くの宿泊者が利用することなどからみても、当該浴室を居住用であると判断することは当を得ないこと。
3. 原告が、昭和四四年三月一五日付で被告に提出した昭和四三年分所得税青色申告決算書によれば、原告は当該取得財産はすべて事業用であるとの認識にたって自らの所得金額を算出していること。
すなわち、原告の昭和四三年分事業所得の計算上必要経費となる減価償却費は一〇七万九、〇二八円であるが、当該取得財産にかかる減価償却費の計算明細についてみると、昭和四三年八月に取得した設備(取得価額四七万八、七二〇円)および同建物(取得価額八五二万一、二八〇円)のそれぞれの減価償却費合計((ト)欄)は、四万七、三九三円および三五万一、五〇二円となっている。ところで所得金額算出にあたって経費と認められる減価償却費は、前掲減価償却費合計の額から非事業用に相当する部分は経費にあたらないのでこれを控除することとなる(所得税法四五条同法施行令九六条)が、原告の計算においては、事業所得算出上の減価償却費((リ)欄)が前掲減価償却費合計((ト)欄)と同額であることから、当該取得財産はすべて事業用であるとして計算しているのである。
4. 右浴室を原告および原告の家族が使用していても、それは割合的にごくわずかなものであり、さらに同居家族七人のうち五名(残りの二人は当時幼児であった)が専ら事業に従事する者であることを考慮すると右浴室が事業用財産であることにはかわりがないのである。
(四) 所得税の確定申告書への記載等
措置法三五条または同法三八条の六の規定が適用されるためには、原則として確定申告書に所定事項の記載等形式的手続きを必要とし、これが欠ける場合には、その適用がないこととされている。
一、1. 措置法三八条の六の特例の適用を受けるためには、譲渡資産の譲渡をした日の属する年分の所得税の確定申告書に、<1>その適用を受けようとする旨、<2>譲渡資産の譲渡価額、<3>取得をし、または、取得をしようとする買換資産の明細、<4>その取得価額または取得価額の見積額等の記載をしなければならない(同条四項)
さらに、この所得税の確定申告書を提出する者は、買換資産に関する登記簿の謄本または抄本その他これらの資産を取得した旨を証する書類を、譲渡の日の属する年またはその前年中に買換資産を取得している場合には確定申告書の提出の日までに、また、その翌年中に取得する見込である場合には買換資産を取得した日から四か月を経過する日までに、それぞれ納税地の所轄税務署長に提出しなければならないことになっている。(措置法三八条の六第五項、同施行令二五条の六第七項、同施行規則一八条の四第三項。)
2. 措置法三五条の特例の適用を受けるためには、土地等又は家屋の譲渡をした日の属する年分の確定申告書に、同条の規定の適用を受けようとする旨並びに譲渡をした土地等又は家屋の譲渡による収入金額、取得をし、又は取得しようとする土地等又は家屋の明細及びその取得価額又はその見積額その他大蔵省令で定める事項を記載しなければならない(同条三項)。
3. しかるに、原告が昭和四四年三月一五日付で被告に提出した昭和四三年分の所得税の確定申告書には、この特例の適用を受ける旨の記載がなく、また、この特例による所得計算に関する明細書の添付もなかった。
二、しかし、同法三五条三項ただし書き、および同法三八条の六第四項ただし書きにおいて「確定申告書を提出しなかったこと又は確定申告書に必要な事項の記載もしくは、必要な書類の添付もしなかったことにつき税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合において、当該記載をした書類の提出があったときはこの限りでない」との例外規定が定められている。
1. よって、本件について右税務署長において原告が措置法三五条または、三八条の六の適用をうけようとする旨の記載をしなかったことについて、やむを得ない事情があると認められるかどうかについて検討すると、本件確定申告書は、長年にわたり、税理士業務を行なっている原告の関与税理士である訴外須賀辰四郎を通じて提出されているものであるから、右確定申告書作成の際には、措置法三五条および同法三八条の六の規定の適用を受けるために必要な手続きについて、原告は、十分な知識を有していたものと認められるから、その記載がなかったことについてやむを得ない事情があったとは認められないものである。
原告は、「昭和四三年分申告書に租税特別措置法第三三条の二に該当する旨、その他の要件をすべて記載して提出した。これは、秋田県が本件土地を含む広範な土地を買収する際県の係員が船川港の港湾埋立工事のためであり、その買収を拒むときは、土地収用法の対象となるから、右法案に該当することになり、税金がかからない旨の説明があったのでこれをなしたものである。」と主張し、これをもって措置法三五条および同法三八条の六の規定の適用をうけようとする旨を確定申告書に記載しなかったことについてのやむを止ない事情として挙げているが、本件は措置法三三条の二の適用をうけられる場合ではなく、また、秋田県の係官が原告の主張するような説明を行なっている事実はない。
2. 原告は、右更正処分に対する異議申立書及びその添付書面が、措置法三五条四項ただし書及び三八条の六第四項ただし書の書類に該当する旨主張するが、居住用財産の買換えを記載した書面は無く、事業用資産の買換えの書類としても極めて不十分である。
3. また、原告は、「仮りに右記載が不完全であったとしても、被告は、原告の異議申立において、この点を不問に付して決定しているので措置法三八条の六第四項ただし書のやむを得ない事情(以下単に「やむを得ない事情」という。)がある場合に該当する」と主張する。
しかしながら、措置法三八条の六の適用要件をみるに、同条第一項に主として規定している実体要件と同条四項に主として規定している手続的要件の両者が共に必須の要件として定められているところ、同条の適用の適否を審理するに際し、実体的要件と手続的要件の審理の順序については、特に法の定めるところではないから、いずれを審理の前後としても何ら違法はない。
本件についていえば、原告の異議申立の段階で、被告は、原告にやむを得ない事情があると認めて実体的要件を審理したものではなく、実体的要件を審理した結果、手続的要件を審理するまでもなく棄却の決定に至ったものであって、やむを得ない事情を認めたとする原告の主張は、失当である。
4. 原告は、異議申出について実質的な審査をなした以上、禁反者の法理からしても本訴で右各条項ただし書の要件の欠を主張できないと主張するが、右各条はそれぞれ実体的要件と手続的要件とを要求するとともに右各条の適用適否の審査に際しては右要件の審理の順序について、法上何らの規制もないところ、原告の主張は、実体的要件の欠を理由になされた棄却決定が結局瑕疵ある手続的要件をも充足するという不合理なもので、その主張が到底採用されないことは禁反言の法理の適用を検討するまでもなく明らかである。
(証拠関係)
原告は、甲第一ないし第四号証(第二号証は原告先代の墓の写真である)第五号証の一ないし、第六号証、第七号証の一、二、第八号証の一、二、第九号証の一、二、第一〇号証の一、二を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立は認める、と述べた。
被告は、乙第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一ないし五、第八号証の一ないし三、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一ないし第一三号証、第一四号証の一、二、第一五号証の一、二、第一六、一七号証を提出し、証人米沢幸雄の証言を援用し、甲第六号証、第一〇号証の一、二の成立は知らない、甲第二号証が原告先代の墓の写真であることは認める、その余の甲号各証の成立は認める、と述べた。
理由
一、原告が昭和四三年分の所得税について原告主張のとおりの確定申告をし、被告が原告主張の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分をしたこと、その経緯は被告主張のとおりであること、原告が昭和四三年一月二〇日秋田県に対し原告主張の山林を代金一、六六七万七、七九一円で譲渡したことは当事者間に争いがない。
二、原告は、右譲渡には、昭和四三年法律第二三号による改正後の租税特別措置法(以下措置法という)三八条の六で定める事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の金額の計算の規定の適用があると主張する。
(一) しかし、この規定の適用を受けるためには、「これらの規定の適用を受けようとする者の譲渡資金の譲渡をした日の属する年分の確定申告書に、これらの規定の適用を受けようとする旨並びに譲渡をした当該譲渡資産の譲渡価額、取得をし、又は取得をしようとする買換資産の明細及びその取得価額又はその見積額その他大蔵省令で定める事項の記載」を要し、その記載がない場合にはこの特例の規定は適用しない(四項本文)と定められているが、本件においては、成立に争いのない乙第四号証、証人米沢幸雄の証言によれば、原告の昭和四三年分の所得税の確定申告書にはこのような記載がなかったことが認められる。原告主張の右確定申告書の譲渡の欄に特別控除額として一、二〇〇万円の記載がある事実のみをもってしては不十分とみられる。
(二) 次に、同項のただし書は、このように原告の当該確定申告書に当該記載がなかったことにつき税務署長においてやむをえない事情があると認める場合において、当該譲渡による所得につき、同項の本文に規定する事項を記載した書類を提出した場合は、この限りでないと定めているが、本件においては、成立に争いのない甲第八号証の一、二、証人米沢幸雄の証言によれば、原告が、被告がした更正処分に対する異議の申立において、「当初秋田県企業局から買収に応じてもらいたいとの要請があったときは新産都市の指定を受けた秋田県は船川港の港湾埋立ての工事のためと称して措置法三三条の規定に該当するとのことで、これに応じて売却し、その補償として土地に対しては一、六六七万六、七九一円を収受したものである。
前記補償金をもって負債の返済に充てたほか旅館業の建物の増改築に充てたので、事業用資金の買換えとなるが、前記事情によって措置法の適用があるものと信じて買換えの適用による申告をしなかったものである」と記載されているだけで、他に措置法三八条の六の四項の要求するような記載がある書類の提出がなかったことが認められるから、原告の主張は理由がない。原告主張の書類(秋田県知事の証明書および男鹿市森林組合の証明書)だけではとうてい肯認することができない。
(三) なお、当該確定申告書にこのような記載がなかったことにつきやむを得ない事情があったかどうかについてであるが、本件全証拠によっても、このようなやむを得ない事情があると首肯させる事実を認定することはできない。
原告は、本件の譲渡については、秋田県の係官から措置法三三条の二の規定の適用を受ける場合に該当するといわれた旨を主張し、原告本人はこれに符号する供述をしているけれども、たやすく信用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
また、右主張事実だけでは「やむを得ない事情がある」ということはできない。
(四) 原告は、被告が原告の右異議申立を棄却し、「措置法三八条の六の規定に該当する場合の譲渡資産は、異議申立人の事業の用に供していたものでなければなりません。異議申立人は旅館業の経営者であって、山林業者とは認められないこと、また、本件土地は、山林業と称するに足るものの用に供していた山林素地とも認められないことから、譲渡資産は異議申立人の事業の用に供していたものとは到底認めることができず、したがって、措置法三八条の六の適用がない」ものと理由の説示をしていることをとらえて、原告が措置法三八条の六の四項に違反していることを主張することができない旨の主張をするが、左担することができない。被告が右決定において門前払をしていないからといってこのかしがとがめられなくなることはない。
三、次に、原告は、右譲渡には、措置法三五条の居住用財産の買換えの場合の特例の規定の適用があると主張する。
しかし、この居住用財産の買換えの場合の譲渡所得の金額の計算について、同条の三項は、「これらの規定の適用を受けようとする者の土地等又は家屋の譲渡をした日の属する年分の確定申告書に、これらの規定の適用を受けようとする旨並びに譲渡をした土地等又は家屋の譲渡による収入金額、取得をし、又は取得しようとする土地等又は家屋の明細及びその取得額又はその見積額その他大蔵省令で定める事項の記載がない場合には、適用しない」と定めるとともに、このように当該確定申告書に当該記載がなかったことにつき税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合において、当該譲渡により所得につき同項の本文に規定する事項を記載した書類を提出した場合には、この限りでないと定めているが、本件においては、右乙第四号証、証人米沢幸雄の証言によれば、原告提出の当該確定申告書にはこのような記載がなかったこと、これらの事項を記載した書類の提出がなかったことが認められる。
四、よって、原告の更正処分および過少申告加算税の賦課決定の取消しを求める請求は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田平次郎 裁判官 田村洋三 裁判官 岩田嘉彦)